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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)936号 判決

原告 南部文二

右訴訟代理人弁護士 安藤一二夫

同 津田玄児

被告 株式会社大蔵屋

右代表者代表取締役 清水源次

右訴訟代理人弁護士 榊原卓郎

同 宮島崇行

右訴訟復代理人弁護士 市川巌

同 武山信良

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は原告に対し、全国で発行する朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞の各社会面に三段二分の一にて、別紙謝罪広告記載の内容にてそれぞれ謝罪広告を掲載せよ。

二  被告は原告に対し、金五〇〇万円とこれに対する昭和四八年二月二〇日から、支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  仮執行宣言。

(被告)

主文と同旨

第二主張

(原告)

請求原因

一  原告は、戦時中から食糧の製造販売を業とし、戦後においては水産加工を業とする株式会社北海道物産興社を設立、その代表者として活躍し、その後財団法人厚生会理事長、中央絨毯株式会社常務取締役、北海道水産物販売株式会社の代表取締役、北海そば「新平」の経営者、株式会社清水谷商事の代表取締役、更生会社ドレスミシンの更生管財人、株式会社法と現代社会の代表取締役、全国交通事故被害者同盟の代表者を歴任し、世間の信頼を得て今日に至っている。

二  原告は、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を所有している(昭和二三年三月二九日同日売買に因る所有権取得登記を経由)ものであるが、本件土地は、東京都の都市計画の指定する弁慶橋風致地区内に存し、都市公園法にもとづく清水谷公園に隣接し、住宅地として都内最良の条件下にあるため、住宅用のまとまった土地購入を希望する人々の垂涎の的となっていたが、原告はこれを将来高層建築物の建造所有に利用する方針の下に、本件土地を売却しないとの態度を堅持し、その一部を原告の居住地として使用する他は東京トヨペット株式会社に清水谷中古車センターとして賃貸してきた。

三1  昭和四七年一〇月ころ、被告の住宅センター事業部特需課の係長木村貫治は、株式会社亜巧の社員小寺弘から原告が本件土地を一坪当り二〇〇万円ないし二二〇万円で売る旨の情報を得るや、本件土地売買の仲介手数料を得ることに急なる余り、右情報についての真偽を確認しないまま、被告において被告名義をもって本件土地の売買に関し仲介することとし、原告の委任もないのに、原告から本件土地の売却の仲介を受任し売却に関する委任状を所持しているかのごとく装い、あるいは、被告が本件土地を同年七月頃一坪当り二〇〇万円で取得しているので一坪当り二二〇万円で売却する旨の虚言を弄して訴外松山久夫他の多数の不動産業者に宣伝してその旨信頼させ、本件土地売却の仲介を委任し、買入希望者からの買付証明のとりつけを強要したため、本件土地が売りに出されているとの虚報が全国的な規模で宣伝されるに至った。

2  以上のように、被告は、故意に虚偽の事実を述べ、また不動産業者としてなすべき当然の注意義務を怠り、他の不動産業者に本件土地の売却に関する仲介を依頼したものである。

四1  原告は、以前、本件土地賃借人たる前記東京トヨペット株式会社および本件土地の隣接地を所有している秀和株式会社からの本件土地購入の申し入れに対し、前示不買の方針を申述べて、いずれも拒絶したことがあったことから前記虚報を受けた両社から、原告が両社に虚言を弄したかのごとく誤解され、その不信行為をなじられ、また本件土地を内密に売りに出したのは原告が金銭的に困窮しているためではないかと推測され、さらにその他の旧知の関係からも右と同様に不信行為であるとの攻撃を受けもって原告の信用は著しく失墜した。

2  さらに、当時は金融緩和時期にあたり不動産が投機の対象とされていたことともあいまち、前記虚報の宣伝により、昭和四七年一一月以降連日のごとく本件土地売却について買い入れ希望者の問い合わせが殺到し、原告はこれに対する応答にいとまなく、このため莫大な時間と経費を浪費し、半ばノイローゼ状態になる等甚大なる精神的打撃を受けた。

五  前記のように失墜した原告の信用を回復するためには、別紙記載の謝罪広告を、全国で発行する「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」「日本経済新聞」の各社会面三段二分の一にて掲載することが相当であり、原告の精神的打撃を慰藉するには、慰藉料金五〇〇万円が相当である。

六  よって、原告は被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

(被告)

請求原因に対する認否

一  請求原因一は不知。

二  同二は不知。

三  同三、1、2は否認。木村は株式会社亜巧の小寺弘から本件土地が売りに出されているとの情報を得たが、さらに小寺において右情報が確実である旨の確認が出来た時に取引にあたることとし、その後右確認を得られないまま放置していた。

四  同四、1、2は不知。

五  同五は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば、請求原因一の事実が認められ、≪証拠省略≫によれば、請求原因二の事実が認められる。

二  そこで、被告会社の木村の行為が不法行為を構成するという原告の主張について検討する。

1  ≪証拠省略≫によれば、小寺弘は、株式会社亜巧(社長を含めて従業員四人)の不動産取引の営業を担当していたが、昭和四七年一〇月三日頃、同社の社長福田某の知人瀬木某から本件土地が売りに出されている旨の情報を得ると共に、右瀬木に対する情報提供者天野芳二を紹介され、右天野から、原告所有の本件土地が現在東京トヨペット株式会社に中古車センターとして賃貸中ではあるがその明渡には支障がなく、一坪当り二〇〇万円ないし二三〇万円で売りに出されているから買い手を捜すよう依頼された。そこで、小寺は、本件土地の登記簿謄本を取り寄せ、本件土地所有者が原告であることを確認すると共に、本件土地の現況が右天野のいうとおり東京トヨペットの中古車センターとして使用されていることを確認し、瀬木が株式会社亜巧の社長の知人であり以前取引関係があったことから、右瀬木の紹介した天野の情報は確実なものであると判断し、当時それまでに三回程度取引のあった被告住宅センター事業部特需課係長木村貫治に本件土地売却の仲介を依頼した。そして、右依頼後二、三週間経過した頃、小寺は、木村から買い手がついたとの通知を受けたが、その際右情報の確認、すなわち、本件土地所有者の売却依頼委任状の提示等を求められたので、右天野および天野に対する情報提供者である千代田建設の神田某に売却委任状等の提示を求めて右情報の確認を求めたが、結局その確認を得ることができず、昭和四七年一一月二〇日ころ、小寺は最終的に右情報が確実なものでないと判断し、この旨木村に連絡したことが認められ、≪証拠省略≫によれば、吉本は、新日総合企画の名称のもとに松山久夫ら数名の不動産業者と共に不動産仲介業を営んでいたところ、昭和四七年九月下旬頃、被告が本件土地を責任を持って売るから客付けするようにとの情報を同業者松山久夫が持帰り、その旨通報を受けたので、その詳細を知るべく、松山とともに被告会社に木村を訪ね、一階応接間にて面会し、木村から、本件土地は被告が土地所有者からすべてを委ねられており責任をもって売るから買い手を見つけて買付証明書を被告宛に出して欲しい、価格は一坪二二〇万円であると言われ、木村から航空写真で本件土地の場所を指示されて本件土地売却に関する仲介を依頼された。そして吉本は、木村の右依頼を承諾し、本件土地の買い手を捜すために吉本と取引関係のある数人の不動産業者に右情報を流したところ、各方面から反響があり問い合わせが相次ぎ、特に亜東実業株式会社の従業員が岩波建設株式会社の従業員を伴って吉本を訪れ、本件土地の買受けを求めたり、また吉本と共同して不動産業を営んでいた堀尾某を通じて買受けを求めた東亜起業株式会社においては、売買代金額について木村と交渉し、東亜起業が一坪当り二一五万円を主張し、木村が一坪当り二二〇万円を固執して折合いのつかなかったことが認められ、≪証拠省略≫によれば、昭和四七年一一月ころ、椎野の勤務する秀和株式会社に亜東実業株式会社から、本件土地が一坪二五〇万円で売りに出されている旨の情報が入ってきたが秀和株式会社は以前、原告に本件土地を買い入れたい旨申し入れたことがあり、その際に断わられていたので、原告に右情報につき確かめたところ、やはり売らないとの返事であった。この返事を得て秀和ではそれ以上売買の話を進展させる意図をもっていなかったが、同年一二月ころ、フジタ工業の営業課長谷口某から、同社の取引先の不動産業者から入った情報として、本件土地が売りに出されており被告が原告の売却委任状を有している旨を知らされたことがある。しかし結局右委任状の提示がなかったので、右情報に基づく取引は進行しなかったことが認められ、≪証拠省略≫によれば、株式会社小坂リアルエステートの社長および北中某は、昭和四七年秋頃、不動産仲介業を営む株式会社三星住宅興社(社長を含めて従業員五人)の専務取締役吉田努に、被告から得た本件土地の売り出しに関する情報として、本件土地はすでに被告が買い取り、一坪当り二二〇万円で売却するとの話を伝え、右吉田は、被告が既に買取ってある土地ならば間違いなどはなく、買い手を連れてくれば売買が成立するものと信じ、二、三の不動産業者に買い手の紹介を依頼したところ、酒井某が買い手を紹介してきたので、吉田、酒井および北中は、被告会社に木村を訪ね、応接室で面会し契約締結方を申し入れたところ、木村から一週間待ってほしいと言われ、しばらく待ったものの何ら進展はなく、結局右取引は成立しなかった。さらに、右依頼に対して協和不動産の野崎某が買い手として興和不動産を紹介して来たので、吉田が興和不動産の部長を伴なって被告会社に木村を訪れたが、右同様の経過で取引成立に至らなかったことが認められる。

2  以上に認定した事実を総合すると、被告会社の木村は、株式会社亜巧の小寺から本件土地売却の情報を得、その仲介を依頼されたのに対し、地主の売却委任状等の書類の提示等地主の売却意思の確認手続をとることなしに松山久夫、吉本雄一および株式会社小坂リアルエステート等の不動産業者に対し、あたかも売主から売却委任を受けているかのごとく装い、価額を二二〇万円と定め、買い手を捜すように依頼し、また右情報を伝え聞いて被告会社を訪れる他の業者や買い入れ希望者に対しても同様にふるまい、また買い手が現れた場合には価額の交渉をし、買付証明書を要求したり、あるいは具体的に契約の締結方を迫られると一週間待ってほしい等と回答して小寺に対し地主の売却意思の確認を待っていたが、ついに小寺から本件土地売却の情報はきわめて不確かなものである旨の連絡を受けるに至ったものであるとの事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

3  ところで、≪証拠省略≫によれば、不動産業者の間においては、不動産の売買媒介に際し、当該不動産の売主の意思が未だ確実でない段階においても、将来の可能性を見越して、これを売却物件なりとして順次転々と情報を流すことが間々あり、そのことは業者間では互いに承知、是認し合った慣行となっていることが認められるけれども、そのことによってかかる扱いが右業者間の圏外に在る一般私人との関係において正当化せられるいわれはない。不動産業者は、不動産取引に関し専門の知識経験を有する者として委託者は勿論一般第三者もこれを信頼し、これら業者の介入によって取引に過誤のないことを期待するものであるから、委託をうけた相手方に対して善良な管理者としての注意義務を負うことはもとより、直接にはかかる委託関係がなくても、これら業者の介入によって取引関係その他の法律関係を生ずるに至るべき第三者一般に対する関係においても、信義を旨とし、誠実に業務の執行に当るべきもので、不動産売買に関する情報を得てさらにこれを他に通報したり、或いは自ら媒介の挙に出ようとする場合には、権利者の真偽、売買の意思、代理人と称する者の代理権の存否等についてその真偽を調査確認し、もって一般取引関係者にも不測の損害を生ぜしめることがないように配慮すべき業務上の注意義務があるというべきである。前示認定の被告会社木村の行為がこの注意義務を怠っているものであることは明らかである。

三  つぎに、被告会社における木村の前記行為による原告の損害の有無について検討する。

1  ≪証拠省略≫および証人椎野博道の証言によれば、原告は以前東京トヨペット株式会社および秀和株式会社から本件土地について購入の申込みを受けたがいずれも拒絶していたことは認められるが、本件土地を売却するとの情報の流布によって右両社および第三者との関係において、原告主張のように、原告の信用が失墜したとの事実を認めるに足る証拠はない。もっとも、証人椎野の証言の一部には原告の人格を疑わざるを得ない等と述べ、原告の信用失墜を推測させるかのごとき部分があるが、右証言を通観すると、椎野は原告とさほど深い付き合いはなかったので本件土地売却の虚報に接してもあまり好感は持たなかったにしろさほど気にもしていないというのが真意であるというべきであるから、右証言をもってしても原告の右主張事実を認めることはできない。

2  本件全証拠によるも原告がその主張のごとく半ノイローゼ状態に陥ったことを認めることはできず、また≪証拠省略≫によれば、被告会社の木村によって流布された本件土地の売却に関する情報を聞知し、多数の買い入れ希望者が問い合わせのために原告方を訪れ原告にその応対を余儀なくされたことが認められるが、他方、本件土地は立地条件がよいため以前から買い入れ申し込み者が多数原告方を訪れていたことおよび過去においても不動産業者が本件土地を原告の承諾を得ることなく、売却される旨の情報を流布したことが二〇回位もあったことが認められ、≪証拠省略≫によれば、被告から株式会社小坂リアルエステートを通して吉田に本件土地売り出しの情報が入ってまもなく、同様の情報が被告とは関係なく鹿島建設株式会社から株式会社小坂リアルエステートを通して吉田に入って来たことが認められ、以上の事実に現時における不動産に対する世人の関心、原告所有にかかる本件不動産の潜在的需要度および現況を併せ考えると、原告が被告会社の木村によりなされた情報の伝播によって増加した訪問客の応対等による煩苛な状況に遭遇し、そのために時間等を消費せねばならなかったとはいえ、右程度をもってしては本件土地所有者として受忍すべき限度を越えた煩苛であるとまではいえないから、原告は未だ金員をもって慰藉すべき程度の損失を被ったものということはできない。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴謝罪広告および慰藉料請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 松山恒昭 栗田正平)

〈以下省略〉

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